1993年5月26日発行のOnly AMIGA創刊号が書架に眠っているのを見付けた。AMIGA関係のBBSのメンバーが出版した同人誌的な雑誌だが、AMIGA FORMATの向こうを張ってか、一人前にピンク色のカバーディスクが附属していた。
その中に、当時においても希少な存在だったAMIGAショップのガイドアニメーションが格納されており、秋葉原、御茶ノ水、御徒町にあるショップへのアクセスを示したマップと、駅からショップに至るムービーを見ることができた。
このムービーというのが、何と4色グレースケール、80×50ピクセルという代物で、同書の解説でも「そのまま見たのでは何が映っているのか見当も付かないでしょう」と書かれている。
とは言え、今を去ること15年以上も前、これらのショップに足繁く通っていた人には、当時を偲ぶよすがになるのではないかと思い、掲載することにした。前述の解説には「最初は再生スピードを落として秒1コマぐらいで見たほうが良いと思います」とあるので、キャプチャする際もその指示に従っている。元々極めて低解像度のモノクロムービーを小さなキャプチャ画面で見ても何が写っているのかほとんど判別できないと思われるので、拡大表示したものを以下に掲載しておく。
これらのショップは、恐らくもう存在しないとは思うが、当時の思い出話を少々。
秋葉原では、オークビレッジが老舗だったように思う。昭和通り側の少し寂れた雑居ビルにあったが、AMIGAだけではなく、IBM PC互換機やMac用のゲームソフトなどを手広く扱っていた。このビルのエレベータに乗ると、清掃が行き届いていないせいか、何だか妙に甘ったるい匂いがしていたのを思い出す。店内には、AMIGA2000が設置されており、メガデモや新作ゲームがプレゼンテーションされていたものだ。
タイゲン貿易も同様に少し妖しい感じの店だったように記憶しているが、こちらには、あまり通ったことがない。AMIGAよりもファミコンのコピーツールなどがメインだったように記憶している。
コンピュータサイエンスは、秋葉原というより神田に近く、比較的まともなビルに入っていた。この店も、AMIGA以外の品揃いが良く、ATARI関係も扱っていたように思う。当時としては、珍しい存在だったATARI PORTFOLIOなども置いてあった。
御茶ノ水では、何と言ってもパイナップル6800。当時、AMIGAのバイブルと称された「アミーガパラダイス」の著者が経営しているショップとの噂だった。マンションの一室に店を構えており、初めて中に入る時には、少し度胸が必要だった。ここで、某ソフトを購入しようとしたところ、あいにく品切れで、店員さんが、自分の所有するのをコピーしてくれたことがあった。(今にして思うと、著作権法違反だが)
PIWは、ディスクユニオンの地下にあった店で、AMIGA4000の実機をいち早く展示していた。メガデモの作動環境は、A500が基本だったので、散々悩んだ結果、買わずじまいだったが。
さて、前述のショップのどこよりもお世話になったのが御徒町のシステムコンバックである。駅から延々と歩いたところにある佐竹商店街という、寂れたアーケード街に面したモルタル塗りの建物の二階にあった。この商店街そのものが、当時にして既に時代に取り残されたような雰囲気だったが、ショップの入居している建物もそれに劣らず古びたものだった。一階には、パイプ椅子にビニールクロスがかかったデコラのテーブルという見るからに安っぽい造りの喫茶店があり、その脇にいささか唐突にアルミのドアがあった。ドアには何も表示されておらず、扉を開けると、いきなり急勾配の階段となっている。それを上ると、突き当たりには何と洗面台があり、鍵の手に曲がった短い廊下の先にさらに数段の階段があった。上り詰めたところに鉄製の扉があって、その中にショップが位置していたのだが、初めてこの扉を開けた時には、かなり不安な気持ちになったものである。
とは言え、中に入ってしまえば至極まっとうなショップで(もちろんAMIGAショップとしてはという意味だが)、店員さんも親切だった。因みに、私が保有しているA500とA570は、ここで購入したものである。店内には、17bitのフロッピーが、ほぼ総て揃っており、生のディスクを買うと、X-COPYがインストールされたマシンで自由にコピーさせてくれたものだ。
このショップは、他とは異なり、AMIGA一筋で、大変潔い商売をしていたが、それが祟ってか、間もなく下北沢駅からこれまた延々と歩いたところにあるマンションの一室に引っ越し、店の名前もシスコンリミッテッドに変わった。しかし、そこも長続きはせず、木場にあるトキオ貿易という商社に間借りをするようになった。店主の顔を最後に見たのは、それが最後である。今はどうされているのだろうか。
かへり来ぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふアミーガ(合掌)
いいもの見せてもらいました。
あの人たちは、今何処に。。。
合掌。
ううーさん
こんな鄙びた懐古的ブログにコメントいただきありがとうございます。
本当に、みんな何処に行ってしまったのでしょうか。
タイムトラベルができるなら、あの頃の秋葉原にもう一度戻りたいものです。
こんにちは。あのカバーディスク作った本人です(笑)。
本人ですら手元に残っていないものを、再び見られるとは思ってもいませんでした。
真夏の暑い日にビデオカメラ下げてショップまで歩いたことや、みんなで手分けしてカバーディスクを複製したこと、手作業でラベル貼って袋詰めしたことなんかを思い出しました。
懐かしいです。
下北沢のシスコンリミテッドは知っていたのですが、その後木場のトキオ貿易に移ったのは知りませんでした。
当時のお店でまだ残っているのはオークヴィレッジだけですね。秋葉原のワシントンホテルの隣でCGショップとして存続しています。
パイナップルの桃園さんや、タイゲンの荻野さんは今どこでどうされているのでしょうか。お元気だと良いのですが。
tokoyaさん今晩は。
まさか作者ご本人からコメントいただけるとは思ってもみませんでした。大変光栄です。
「ONLY Amiga」は、今でも大切に手元に置いて、時々読み返しては昔を懐かしんでいます。
「CTRL+A+A」なんて記述を見ると、あのA500のペナペナなキーボードの感触が両手の指に甦ってきます。シスコンで買ったA500は、当時利用していたのと、バックアップ用のデッドストック元箱入りの二台が押入の中に格納されていますが、今では専らエミュレータを使っています。便利な世の中になったものだと思う反面、実機にAction Replayを挿入して、画面や音声のキャプチャをしていた時の何とも言えない妖しい感じをもう一度体験してみたいという気持になります。
気まぐれにメガデモの動画などをアップロードして行くつもりなので、お暇な時にご覧下さい。
これはまた懐かしいですね?。それにしても、良く持っていましたね、カバーディスク。